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虚言癖のブログ

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ショルダーバッグにショルダータックル


ショルダーバッグにショルダータックルしたら、いったいぜんたいどうなってしまうのか。私やあなた、ひいては世界はどうなってしまうのか。

べつに何も起こらないよ、とあなたは言うだろう。

だが、私には何かが起こるような気がしてならない。ゆえに私は実験した。

ショルダーバッグにショルダータックルしてみた。

そう、それは初夏の暖かい光に包まれたかのような春の日。午後からは肌寒い一日になるでしょう。そう語るお天気キャスターの表情には不吉な相が浮かんでいた。

こいつは死ぬ。

間違いない。
私がショルダーバッグにショルダータックルしたせいで、人が一人、死んでしまいそうになっている。

私は急いでテレビ局に通報した。
「今、私はショルダーバッグにショルダータックルしました。何か新しい未来が誕生するような予感がしたからです。しかし、現実にはお天気キャスターの命を奪う結果となりそうです。私は故意に人の命を奪おうとしたわけではないのです。警察にはどうか内緒でお願いします」


このとっさの判断によって、私はどうにか今日まで逮捕されずに済んでいる。

ショルダーバッグにショルダータックルすると、ショルダーとショルダーは打ち消し合い、バッグとタックルがぶつかり合って猛烈に意味が分からなくなる。

この誰も知り得ない意味不明の領域で、バッグの中身がはじけ飛び、どこかで誰かが一人死ぬ。

絶対にショルダーバッグにショルダータックルしてはならない。

たとえそのショルダーバッグが、あなたの嫌いな人間がこつこつと頑張って貯めたお金で買った高級ショルダーバッグだったとしても。




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  1. 2015/05/10(日) 23:38:29|
  2. 研究報告
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心とは何か。
心というのは、とても神秘的で、すさまじい力をもっている。

心が変われば何でもできる。
痴漢だってできる。
電車の中で、痴漢だってできる。
そして、駅員に事情を聞かれても、言い訳だってできる。

しかし、そんなことは決してやってはならない。

なぜか。

なぜなら、心というのは、とてつもなく恐ろしいものだからだ。

痴漢を一回でもやってしまったら、
あなたの心の中に、
痴漢の魂が生まれる。

痴漢の魂は、
あなたの心を、痴漢のことだけでいっぱいにしてしまう。

「次はどこで痴漢しようか」
「どうやって痴漢しようか」

そういう考えが限りなく溢れ出て、あなたの心を支配してしまう。


そして、本来であれば、

「次はどの駅で乗り換えようか」
「どうやって通勤時間を短縮しようか」

などと考えていたところが、
痴漢の考えに置き換わってしまう。

そう、置換されてしまうのだ。
有益な思考が、痴漢の思考に、置換されてしまうのだ。

これはダジャレではない。

心は本当に恐ろしいものなのである。

この概念の連鎖、
すなわち、
自らが痴漢してしまったことにより、
自らの心が置換されてしまうという、
この概念の連鎖。

これこそが心の末恐ろしさであり、
これこそが心というものの全てを端的に表わしているのだ。





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  1. 2014/09/01(月) 00:56:28|
  2. 研究報告
  3. | コメント:0

100円の価値しかないのに、ポケットに入れた瞬間「万引き」になるのは何故か?


みなさんは万引きをしたことがあるだろうか?
万引きをすると、摩訶不思議なことが起こる。
さっきまで100円だったお菓子が、ポケットに入れた瞬間、
一万円になってしまうのだ。

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  1. 2012/11/06(火) 00:21:02|
  2. 研究報告
  3. | コメント:9

股間を露出すると警察が逮捕してくるのはなぜか?

皆さんは、股間を露出して警察に逮捕された経験があるだろうか。
通常、股間を露出すると、周囲の人々から股間を凝視されたり、あるいは逆に視線を外されたりする。
凝視する人々は股間に興味があることを示しており、視線を外す人々は股間を嫌悪していることを示す。
さて、警察はどちらの種類の人間か。
警察は一体、何を考えて、露出した股間を逮捕しようとしてくるのか。
実は、警察がどちらの種類であっても、逮捕しようとしてくることは必然なのだ。

なぜなら、股間に興味があるなら、逮捕することでその股間を見る権利を独り占めにできるし、
股間を嫌悪しているなら、その嫌悪している対象を、国家権力を用いて抹殺することができるからだ。

これは、「警察による、警察のための、股間における、権力の乱用」である。
「(K)警察による、(K)警察のための、(K)股間における、(K)権力の乱用」、
略して「4K」と言われるものだ。

この「4K」は、あきらかに警察の私利私欲に基づく悪習である。
われわれ市民は、このような国家権力の乱用に対して抗うことが求められている。

股間を見たい人も、見たくない人も、自分の今の気持ちに正直になって、意思表示をするべきなのだ。
股間を見たいなら、「私、股間が見たいです」と露出者に申し出ること。
股間を見たくないなら、「私はあなたの股間を見たくありません」と露出者に面と向かって言うこと。
皆がこういったクリーンな意思表示を心がけることで、
露出者が、股間を見たいという人々に対してだけ、露出するようになる。

このような風習が形成されると、もはや警察は露出者を逮捕することができなくなる。
なぜなら警察が露出者に露出してもらうためには、「私、股間が見たいです」と露出者に申し出る必要があるからだ。 そうやって露出させられた股間を彼らが逮捕することは、股間の露出を要請した自らをも逮捕してしまうことになる。 かくして警察は、股間を独り占めすることも抹殺することもできなくなるのであった。
 
 
 



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  1. 2012/10/22(月) 20:24:44|
  2. 研究報告
  3. | コメント:8

オリンピックはなぜ4年に1度しか開催しないのか?

オリンピックはなぜ4年に1度なのか。
「長くて待てない!」 という人もいるだろう。
かといって、4日おきに開催しようとすると、いくつかの問題点が見えてくる。

1.競技のやりすぎで選手が疲れてしまう
2.4日ごとに世界各地を転々としなければならなくなり、観客も疲れる
3.飽きる

この中でもっとも致命的な問題が、3の「飽きる」である。
人間である限り、いくら楽しい出来事であっても連続的に体験していれば
そのうち飽きてしまう。
オリンピックが飽きられると、世界はどうなるか?

戦争である。
戦争がおっぱじまるのである。

そもそもオリンピックとは
他国に対する憎しみや鬱憤を、
スポーツという形で晴らし、
みんな仲良くしようよ
という儀式である。

だがそれに飽きてしまえば
それはもう
戦争である。
戦争がおっぱじまるのである。

戦争がおっぱじまると、世界はどうなるか?

悲しみと憎しみに包まれるのである。
包まれっぱじまるのである。
悲しみと憎しみに包まれっぱじまると、人々はどうなるか?

「もうやめよう、戦争やめよう」と言ってうんざりするのである。
うんざりしっぱじめるのである。
うんざりしっぱじめると、各国はどうなるか?

「オリンピックやろう、
オリンピックやって、みんな仲良くしよう」と言って、
オリンピックをおっぱじめるのである。


一周である。
一周がおっぱじまったに過ぎない。
かといって、二周するのは疲れる。
だったら、
「もうオリンピックを4日に一度開催するだなんて
 言わないでくれよな」
と言うのである。
後悔がおっぱじまるのである。

こうしてオリンピックは4年に一度しかおっぱじめることができなくなったのである。







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  1. 2012/10/02(火) 20:00:00|
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  3. | コメント:4

結局、ウンコとは何か


人間誰しも、この世に生まれ出て此の方、「ウンコ」という物体とのパートナーシップを切り落とすことは神の名において許されていない。

俗に、「アイドルはウンコしません」と言われているが、それは全くの科学的根拠を欠いた言説であり、到底受け入れられるものではない。
 大衆がこのような誤った情報に踊らされてしまうのは、「人はなぜウンコを成すか」という基本的な原理を示す論文を発表した7人の教授たちの圧倒的な情報発信力の乏しさに原因がある。
だが、それはひとまず置いておくとして、
「人はなぜウンコを成すか」というテーマについて私なりの考えをここに示したい。

まず、ウンコの主成分を解説しよう。
ウンコの中には、自然界で人間との競争に敗れ、志半ばで人間に貪り食われた
憐れなる動植物たちの魂とその亡骸が100%の密度で詰まっている。
 彼らの無念は悪臭を放ち、わずかでも憎き人間どもに反撃せんとする意欲がひしひしと伝わってくる。
 しかし、悲しいかな、人間は自分のウンコだと思うと、それほど臭いは気にならないのである。
つまり彼ら動植物たちは、ここで2度目の無念に包み込まれ、無残にもトイレの奥底へと呑み込まれていってしまう。
彼らは一体、何がしたかったのか?
なぜあのような不憫な姿で、再びこの世へと登場したのか?
我々人間は、このことについて考え、彼らの真意を明らかにし、
少しでも彼らに同情の手を差し伸べてやらねばなるまい。


そのためには、ウンコの機能について知る必要がある。
ウンコは地面に生み落とされると、その地点から半径15cmほどの面積に溶けて染み込み、
地面を活性化させ、そこに育つ植物を元気にする。
すると、どういうことが起きるか?
例えばここに、無念にも人間に喰われてしまった豚さんがいたとする。
彼は、人間に襲われ、殺され、喰われたのち、神の深い慈悲に触れ、
もう一度この世へと生まれ出る権利を手にする。
ただし、豚さんとしてではなく「ウンコ」として。
多くの豚さんたちは、そのような無意味でいびつな「ウンコ」として転生することにメリットを見出せず、この権利を放棄する。
しかし、豚さんのなかでも限られた明晰な頭脳の持ち主は、この苦渋の選択にあえてイエスと答える。 
なぜなら彼は知っていたのだ。ウンコとなって転生することが、彼らの愛しい子孫たちを繁栄させるチャンスに通じていることを。
 つまり、ウンコとして転生し、その地に再び生み落とされるということは、同じ地に住む同士たちの食料となる植物を増加させることを意味する。 同士たちの食料確保が安定化し、より強靭で逞しい体を手に入れることができれば、
いつの日か人間どもを打ち滅ぼすことも不可能ではないと予測したのだ。

 しかし、彼は知らなかった。人間の文明は高度に発展しており、いまや「ウンコ」は地面へと生み落とされることは無く、トイレという魔物に呑み込まれたのち、下水処理場で水分を削ぎ落とされ、最期には焼却処分されてしまうということを。

なんと憐れな豚さんであろうか。
もはや豚さんに、一寸の希望も無し。
私が何を言いたいのか、もうお分かりだろうか?

人間が得をする一方で、豚さんたちには一寸の希望も与えられていないこの現状。
企業に例えれば、独占禁止法に抵触している有様だ。
いまこそ平等な競争と市場原理が求められているのではあるまいか。

つまり、「ウンコは地面に直接せよ!」というのが私の主張なのだ。

現代の人類に、動植物たちを思いやる心がわずかでも残っているのなら、
その思いを今、「出す」ということが(ウンコ以上に)必要ではないだろうか。
 
 
 
 



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  1. 2012/09/22(土) 02:15:03|
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  3. | コメント:4

アイドルはオシッコをするのか?

 
アイドルはオシッコをするのか?
私としては、してほしい。ぜひとも。
しかし、とはいっても私も一端の科学者であるから、
やはり科学的根拠に基づいた情報発信を心がけねばなるまい。

というのも、実は、アイドルがオシッコをするか否かについて、
参考できる十分な科学的根拠が不十分なのである。

読者の方々には、アイドルと触れ合う機会があったら、
ぜひとも直接尋ねてみてほしい。
かといって、
「あなたアイドルですよね? オシッコしてますか?」
とかいう、あまりに露骨な尋ね方は望ましくない。

ではどのような尋ね方が望ましいのかというと、
たとえば握手会などで
「いつも応援してます。がんばってください! オシッコしてますか?」
というように、一度、相手を褒めておき、気持ち良くなったところで
不意に尋ねる
というやり方が望ましい。

しかし、このような高度なテクニックを用いても、
正しい情報が得られるとは限らない。
なぜなら、
アイドルたちは業界から無言の圧力、すなわち「オシッコの話はNG」という目に見えない束縛にかかっており、結果として「オシッコって何?」という言葉を返される可能性が高いからだ。

だから最も手っ取り早いのは、アイドルが席を外し、草むらの方向に姿を消したときに、「後をつけていく」という方法である。
なぜ草むらなのか?
それは、アイドルはオシッコに関すること全般に、業界からNGをくらっており、もしオシッコをするという目的でトイレに立ち入った場合、業界から消されるかもしれないというリスクがあるからだ。
つまり、もしアイドルがオシッコをするとしたら、
それは草むらでの出来事となることは必然なのだ。

以上、これからの科学の進歩を推進するための実験方法について述べさせてもらった。
一日も早い実験結果が望まれる。
 
 
 



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  1. 2012/09/22(土) 02:00:00|
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身長と脳の密接な関係と伸ばし方


身長と脳に密接な関係があることが、最近の研究で分かってきた。
この研究の第一人者である在日ブラジル人のジョン・キュー・マツムラ氏は以下のようにコメントしている。
「背が高くなりたい! 背が高くなりたいんだ!」

 同氏の以前の研究では、人間の脳は身長が高い人と同じ食べ物を食べたくなるということが証明された。実際にその食事が身長Upに貢献しなくても、脳はそれを食べたくなるという。

 ジョン・キュー・マツムラ氏は笑いながら次のように解説してくれた。
「この話はハッハッ・・・ 失礼。この話は脳の ぷっ・・・! ふひひ・・・ え~、この話は、え? あ、はい、どうもすみませんでした」。

 アメリカにあるハーバード・ノッポスクールの身長科学者デク・ノッポ氏も、同様の発見をしている。頭頂部強打の後遺症で身長が3cm縮んでしまった患者も、歌に合わせて屈伸すれば2.5cmまで回復するようになるという。 頭頂部は身長との関連が最も深い領域だ。

 治療を実施する前の患者は、「なぜ縮んだのか?」という問いかけに対して支離滅裂な言葉やうめき声で反応するだけだった。しかしセラピストが手でリズムを取りながら歌に乗せて屈伸を促すと、ほんの数分後には「君が代」を歌ったりしながら0.5cm伸び始めていた。

 治療の効果は、損傷の度合いや歌のテンポの速さに応じて違いがみられたという。しかし複数の患者が、最終的に新しい頭頂部を歌に合わせて形成できるようになった。一般的な歌だけでなく、短いCMソングでも可能になった患者もわずかながらいたという。






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  1. 2012/09/22(土) 01:30:00|
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パソコンとは何か?

パソコンというものをご存知だろうか。
近年、急速に普及している言葉である。
しかし、普及しているからといって、
人々がその言葉を正しい意味で使っているとは限らない。
そこで今日は、
パソコンの真の意味を問いただし、
パソコンの奥深さについて語ろうと思う。
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  1. 2012/09/22(土) 00:15:00|
  2. 研究報告
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ポテトチップスとは何か?


最近よく巷で耳にする謎の単語「ポテトチップス」。現代の若者は国語能力の低下が著しいが、それだけでなく、勝手に新しい単語を作るなど、まことに迷惑極まりない。仕方がないので自力で調べてみた。

「ポテトチップス」という単語の用法・用例は、以下の2つに集約される。
1.「ポテトチップス、食う?」
2.「ポテトチップスが、歯と歯の間に!」

これらをよく見ると、ある重要な要素が垣間見える。
ポテトチップスが、おそらく食物の一種だということ。そして、
ポテトチップスが「歯と歯の間」を舞台として暗躍していること。
つまり、今、「歯と歯の間」で何かが起きようとしている。
だが、残念なことに「歯と歯の間に!」の後に続く述語が欠落しているのだ。
こうなったら、当てはまる可能性のある述語を片っ端から列挙するしかない。
私は独自に研究を進めることで、可能性を以下の3つに絞ることができた。

a. ポテトチップスが、歯と歯の間に、逃げ込んだ!
b. ポテトチップスが、歯と歯の間に、割り込んだ!
c. ポテトチップスが、歯と歯の間に、ねじ込んだ!

 これらを分析すると、ポテトチップスは、きっと何か悪さをしでかしている ということが分かる。
「逃げ込む」のは負い目を感じている証拠であり、「割り込む」というのも道徳的に問題がある。とくに重要なのが c の例で、彼が何を「ねじ込んだ」かに関わらず、かなり凶悪なイメージを我々に抱かせる。これはきっと、ポテトチップスが新たな犯罪に手を染めるであろうことを示唆しているに違いない!

さて、ここまでの分析を踏まえて、今回の記事のテーマである「ポテトチップスとは何か?」という問いの結論を述べたいと思う。
 ポテトチップスの性質をおさらいすると、以下のようになる。
・人間の摂食対象である
・歯と歯の間の空間を利用できるほどに、小さい
・何らかの罪を犯している

つまり、これらの性質を全て有している存在者こそが、「ポテトチップス」ということだ。
あいにく、私にはそれが一体何なのか皆目見当もつかない。
だが、もはや問題はそこではない。大事なことは、ポテトチップスがわれわれ人類にとって何であり、彼らと共存するためには何を心がければよいのか、ということだ。
 まず、摂食対象であり、かつ、歯と歯の間の空間を利用できるほどに小さいというのなら、食後の歯磨きは欠かしてはならないということが言える。もちろん、歯間ブラシあるいはデンタルフロスは必須である。 そして、彼らは何らかの罪を犯しているとのことなので、過剰な批判によって彼らの罪悪感を刺激することは避けるべきだということを付け加えておこう。要するに、われわれ人類は彼らに対してもっと寛容な心を持つ必要があるのだ。
 以上のことを厳守する限り、われわれ人類がポテトチップスといざこざを起こすことはないだろう。
 私はポテトチップスさんのことは詳しくは知らないが、これからも人類とポテトチップスさんが共に手と手を取り合って繁栄していくことを願っている。






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  1. 2012/09/22(土) 00:02:00|
  2. 研究報告
  3. | コメント:0
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